母と生け花教室2

知人の母親が、入居する高齢者施設でボランティアをするフラワーアーティストの先生から、介護施設でボランティアをするまでの経緯をお伺いしていると、何故だか自然と涙がこぼれそうになりました。自身の仕事の忙しさから、認知症を患った亡き母親とは、晩年、会話をする事もままならなかった自分を恥じていると言うのです。高齢化社会にともない、認知症を患う両親を、様々な理由から高齢者施設へ入居させなくてはならない家族が増加しています。忙しい現代人が、認知症の家族と共に暮らす事は、お互いの生活を苦しめる事に成りかねません。認知症を患う家族が介護施設に入居する事は、家族間での生活の安定を保つ事につながり、お互いの存在と自由を認め合うことにもなります。フラワーアーティストの先生は、自分の仕事の忙しさから、自分の母親を施設に入居させ、その後、一度も面会に来られなかった自分を、今でも責め続けているそうです。母親の危篤の知らせを施設の介護職員から受けた時には、ウェディングフラワーの依頼を受けている真っ最中の為、連絡を受けてから数時間後に施設に向かったそうです。仕事が終わり、その足で施設に駆けつけたのですが、お母様は、1時間前に息を引きとった聞かされたと言います。久しぶりに訪れた施設の母親の部屋には、お母様自身が、日々、寂しさを紛らわすように描いていた花々の絵が飾られ、クレヨンや色鉛筆で、彩られた花々のスケッチは、お母様の部屋一面の壁を彩っていたそうです。その時にはじめて、フラワーアーティストを志した自分が、母親の為に、花一輪も持たずに面会に来た事に気付き、悔いたそうなのです。花々で、人を幸せにするフラワーアーティストを目指していたはずなのに、自分の母親の為に、母の日でさえもカーネーションの一株さえも贈ることができなかった自分を振り返りながら、まだ温もりの残る母親の手を握り詫びたというお話を聞かせて下さいました。先生のお母様が亡くなってから1年後の母の日に、先生のボランティア活動は開始されました。忙しい事を理由に、母親の面会に訪れなかった自分の後悔として、高齢者施設への慰問を始めたそうなのです。花との触れあいで、認知症を患う高齢者の方々の笑顔が見たかったそうなのです。失ってからでないと分らない事は、この世には多くありますが、私自身も失った家族に、会いたい気持ちをもって知人と高齢者施設に訪れていたのかもしれないと、フラワーアーティストの先生のお話を聞きながら自分の半生を振り返ってしまいました。

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